春。
満月の晩に、女友達より携帯電話にメールが届く。
いまどこ?
ちょっと月見て!
今夜の月は見るだけで幸せになれるブルームーン。
わたしは、カメラを片手に慌てて表へ出る。
夜空を見上げて、溜息をひとつ。
ほんとだ、良い月だ。
同じ月を見上げる友がいる。
昨年よりも早くに満開になろうとしている桜を見ようと、
荻窪の裏道を女友達と歩く。
暖かく、そして、とても風の強い日。
なんにもしない休日を一緒に過ごすのは久し振りのこと。
彼女が、わたしのすぐ右側を歩くので、
わたしの手が彼女に強く当たった。
ごめんごめん、近いよ、と笑いながらふたりで歩く。
気に入りの時間。
1時間半ほどの散歩道。
ご自由にお持ち下さい。
この辺りに暮らす外国の方に教えて差し上げたい、と思ってしまう品揃え。
靴作りのお教室の看板。
入口には、可愛い革靴が並んでいる。
柔らかくて、少し不器用に作られたそれらは、
きっと、いつも足下を見ていたいと思わせるのだろう。
自分で作った靴を履き、ふんふんと言いながら歩く自分を浮かべるけれど、
果たして、満足のいくようなものがこの手で作れるのだろうか、と考えると、否である。
桜と木蓮。
色の取り合わせが良い。
切り取られた景色。
ふと、過去に旅をしたヨーロッパの街角を思い出す。
この花を上から見ることが出来るとは。
厚ぼったい美しい花弁は、そのまま手折っても許されるのではなかろうか、
とわたしを惑わす。
椿と松と日本家屋。
がらがらがらと引き戸を開けると、三和土(たたき)があり、
履物を脱ぐ時の為の石が置かれ、磨き上げられた板の廊下を進むと右側に庭が見え、
左には幾つかの部屋が続く。
襖、欄間、雪見障子、ガラス戸、雨戸、
床の間、掛軸、火鉢、鉄瓶、暖簾、水屋棚、
憧れの中でいつしかわたしは広縁に立ち、
庭を眺め、太陽を見上げ、眩しさに目を閉じる。
茶の格子の着物に、藍色の帯を締め、祖母の古い着物をほどいて作った前掛けを付けている。
一枚の写真から、遠くまで行ってしまった。
古き家に思いを馳せる。
わたしは生涯、古き良き和への憧れを抱いて生きるのだろう。
杏の花。
花も実も、なんとも愛らしい色をしている。
胸がきゅうとなる。
いつか、庭のある家に住むことが出来たなら、この木を植えたい。
大切な人たちと、こんな家に暮らせたなら、と夢を見る。
わたしは、彼らの為に温かい紅茶をいれよう。
いつも、いつでも、彼らの笑う顔を憶う。
マンションの階段を下りると、目の前に広がる春色。
この様が見たくて、寒い冬の冷たい風もこらえることが出来たように思う。
夜桜を見に。
母の古き友、わたしにとっては親と変わらぬ小父と小母に誘われ、
東京の桜の名所を車で廻る。
夜空を流れる桜は美しい。
古い舞台の書き割りのよう。
登場人物たちは、この桜の木の下で出逢い、恋に落ち、抱き合う。
また別の登場人物は、木の陰に隠れ、秘密を知る。
喜びも、悲しみも、幸せも、別れも、この桜の木の下に蒔かれるのである。
column by 優恵 – yue
モデル・俳優
雑誌『大人のおしゃれ手帖』宝島社
舞台『御祝儀を取り返したい女』
短編映画『再会』
映画『アイズ』福田陽平監督
映画『さよならドビュッシー』利重剛監督