そんな中、いつも彼とのスカイプでの会話はチンプンカンプン。だって、「最初の書類発行の日付から、3カ月以内に結婚しないと書類が無効になる」とか、「この書類が集まると、次に君がフランス大使館に召還されてオーディションがある。その結果が結婚する市役所に送られてビザ申請に必要な書類が初めて揃う」とか、「とりあえず結婚の日程だけ決めるように言われているからいつにしようか」とか、確かにフランス語で言っている気がしたから。
そんなことって信じられない!ひとつひとつの書類集めの為にさらに書類をいくつも集めたり送ったりしなくてはいけなくて、フランスの恐ろしくやる気のない郵送事情はいつ届くのか信用もなく。しかもとんだ挙式日のリミット付き?!これが終わったらまた何かが必要って言われるに決まっているのでは?彼がおかしいのか?市役所が、いやフランス大使館が?と、疑心暗鬼に加速がかかり、ジタバタしても仕方ないところにまた怒りを覚えたり。そもそもの原因は、情報を統一してくれる機関がないところ。よってマニュアルによる安心感が存在しないのだ。
こうして彼とは言葉の理解が行き届かなくて、何度むだ~な喧嘩をしたことか。帰国子女じゃない私にとって、泣く子も黙る重いツワリの真っただ中で、いきなり結婚庶務課がどうのこうの、外務省のアポスティーユがなんとか、という高度なレベルの会話が、きついものなのでした。
「このチーズはニオイがきついからもう食べれない。あなた欲しい?」「うん僕が食べるよ。君は日本人だからニオイがきついかもね」なんていう平和なレベルでしか彼とは会話をしてこなかったのだから。
さらにこの時一番辛かったのが、ツワリが日増しにひどくなっていったこと。私は妊娠初期に出血してしまったので、ベッドから出るなと言われて仕事もストップすることに。その間何をしていても気持ち悪い。寝るか気持ち悪いかの2択で、ピーク時の1カ月間は毎晩嘔吐。結婚の日取りまでにVISAがとれなかったら、とタイムリミットはあるものの相手が動くのを待つしかない、ダブルの不可抗力で2月3月4月と精神的にも限界になるんじゃないかと何度も思ったものでした。
そうこうしているうちに、無事にフランス大使館からメールが届き、「オーディション、明日でどうでしょう?」と。
明日だろうが今日だろうが、相当急な約束だけど待ちに待ったやっとのメール。飛行機のチケットは挙式日に合わせて予約済み。何もかも先延ばしにできない状況の中、30分のフランス語での面談を受けたのでした。
とにかくVISAをもらうためには、主張したもの勝ち!と、「妊娠しているので、早めに渡仏したい。チケットも買ってしまったし、サイトに書いてあるように2週間以内にビザの発行をお願いします」と言うと、「妊娠してるからなに?エールフランスは、9カ月目まで乗れるのよ。私も9カ月目で日本に来たのよ」と暢気なスマイルで返されてしまった。
面談の内容は、とにかく私が彼の相手として本当に存在しているか、それを市役所にレポートするのだ。日本ーフランスと離れているので、向こうの区役所が結婚するために来て良いですよ、と許可をくれるには、私の存在の有無から問う必要があるのでした。付き合い始めた時期、プロポーズの時期、彼の家族の名前、彼の仕事など。遠距離恋愛中は一日に2回はスカイプで話しをしていたので、難なくパス(2人の関係を審査されるなんて、変な話ですが)。結婚に反対しないとやらの証明書は無事発行され、やっとビザの申請ができ、ビザも2週間でおりました!
面談の召還からビザがおりるまで、彼と私の双方から同時間に、同じ担当の方に相当しつこくメールを送ったのは言うまでもありません。
こうして結婚するためのVISAとの格闘に終わりが見えてくると、出産前に産みの苦しみを経験したような気がするのだった。
column by 下野真緒/Shimono Mao
1977年東京生まれ
女性ファッション誌で編集に携わった後、2009年南仏&パリへ留学
フリーランスエディターを続ける傍ら、2010年6月にフランス人と結婚
南仏ピレネー近郊に住む。現在出産を控え、新人ママへの道まっしぐら!