-001. 旧東ドイツのエコ農家

はじめまして!
ベルリン暮らしも早いものでもう11年。なぜかいつもモノを作る人たちが周りにいました。chocolatmag を通じて、私が好きなモノを作る「手」に出会いたいと思っています。どうぞよろしく。

さて、今回の、モノは「美味しいミルク」。作っているのはベルリン郊外にあるオーガニック農家ブロードヴィン(Brodowin)です。
私が初めてブロードヴィンと出会ったのはカフェでした。頼んだカプチーノのミルクが、ほんのり甘くて美味しかったのです。何コレ?美味しー!「ベルリン郊外にあるオーガニック農家の牛乳なんだよ」と教わり、いつか行ってみたいなあ……と思っていたところ、ベルリンの学校が夏休みになる7~8月の間、毎週土曜日に見学ツアーを開催していると聞きつけ天気の良い日に、行ってみることにしました。

ベルリン市内から近郊列車に乗って40分。そこから自転車で30分。たどり着いたブロードヴィンには、香ばしいような甘い香りが漂っていました。

 

1200ヘクタールの畑を持ち、そこで野菜と麦を作り、250頭の牛と220頭のヤギから、敷地内にある工場で乳製品を作るブロードヴィンは「デメター認証」を受けている有機栽培の農場です。デメター(demeter)認証とは、ルードヴィッヒ・シュタイナーが提唱した独自のバイオダイナミック農法に従って作られた生産品につけられるもので1928年に創立された、世界で最も古いオーガニック認証でもあります。

 

今回、見学ツアーのガイドをしてくれたズザンネさんは、30人ほど集まった見学者を前に、「デメターとは?」という話からしてくれました。「ざっくり言うと、全てがこの土地の中で循環しているということです。餌もこの土地で作られ、その草が育つ土を作るための肥料は、私たちの牛の糞やここで育つハーブから作られるわけです」と子どもにも(私にも)わかりやすい説明。牛小屋を巡って、生まれたばかりの子牛を見たり、肥料や脱穀の様子も見学し、最後は、古代種の小麦であるスペルト小麦(ディンケル)を手に取り通常の小麦に比べて、籾殻が外れにくいので脱穀しづらいという話を聞きます。

 

 

広い農場内を歩いていると、不思議なものを見つけました。大きな樽が、高い所に並んでいるのです。「これは、私たちが使っている肥料です。水晶の粉とカモミールやタンポポなどのハーブと牛糞をまぜて作ります。その後牛の角に詰めて、土に埋めます」。

一般的なEUのビオ認証“EU-Biosiegel”は、1%弱ですが遺伝子組み換え素材を使うことや、抗生物質の使用やオーガニック素材以外の添加物も極少なく、例外的ではありますが許されています。しかし、100%ビオ、肥料に至るまで独自の製造法を持ち家畜の餌は農場で作られていなければならないなど、細かなガイドラインがあるためデメター”認証は、ドイツでは最も厳しく信頼が置ける認証と言われることが多いのですが、その反面、一般的な農家で“デメター”について尋ねると、ハーブの利用や宇宙のリズムを生かすという考え方が、懐疑心を持って受け止められていることを感じることもありました。

 

 

 

ブロードヴィンがあるのは、旧東ドイツ、ブランデンブルグ州。ルドルフ・シュタイナー”という名前も耳慣れない土地柄なはず。なぜ、ここで、あえてデメターだったのでしょうか。

ガイドをしてくれたズザンネさんは、旧東ドイツ時代から、ここで農業に従事していたという方でした。「東ドイツという国が無くなったことでLPG(旧東ドイツの農業生産共同組合)は解散になりました。そこで働いていた人たちはバラバラになって兼業農家をしながら暮らすか、それとも再び団体を作るかで意見が割れました」。そして農地が売りに出された時、唯一ついた買い手が「デメター」に関心を持つ人だったことから「エコ村・ブロドヴィン」という名前で、新たなスタートを切ったそうです。

 



実はブランデンブルグ州は、ドイツ最大のエコ農地を持つ地方。「西側に比べて農薬など技術が遅れていたので、エコへ切り替えるのが楽だったらしい」とどこ かで耳にしていた私は、それについてズザンネさんに聞いてみました。「技術的に西側より遅れはあったのは確かだけど、当時は、農薬の空中散布も多くの農家がやっていた。それが、東側ーブランデンブルグ州にエコ農地が多い理由ではないと思う」。ーでは、何で?「ベルリンやブランデンブルグの土壌は砂地。大きな収益が期待できるような農地ではなかったのよ。だからこの土地が売りに出た時、ほとんどの人たちが興味を持たなかった。でも、唯一援助を申し出てくれたのが“デメター”の人たちだったから。西側からわざわざココまで来て、助けてくれた。デメター?はあ、何それ?と、最初はかなり懐疑的にとらえられていたけれど、70人以上もの仕事先ができたんだもの。通常の農業だったら、100ヘクタール辺りに必要な人は1人くらい。でもブロードヴィンでは100ヘクタール辺りに、6人以上が従事してるの。従業員皆がシュタイナーの人智学を信じてるわけじゃない。でも、実際ここのミルクは美味しいでしょ?」

 

20年を経て、ドイツで最も広い敷地を持つデメター農場に成長したブロードヴィン。周囲からのねたみもあるようです。散布車に、「プレパラート殺虫剤」と大きなプレートが掲げられていました。「デメターなのに殺虫剤を撒いてる、と言う人がいるもんだから……」しかし彼らの畑や牛を見て、徐々にデメターへ切り替える農家も増えてきたそう。「単純な採算だけを考えれば、デメターは決して効率の良い農業とはいえないでしょう。例えば今はバターの人気がすごいんだけど、私たちは低脂肪牛乳を作る過程で出る脂肪からバターを作っているから、バターの生産量だけを増やすことはできないし……」

最近では、増加する牛乳アレルギーの子ども向けに、山羊乳の製品を充実させています。「雄の子やぎは間引かなければならないので、その肉を販売しようと考えています。臭いイメージが強くて人気がないのでサラミとか作っていますが小さな子山羊の肉は臭みがなくて美味しいのに」。「全てがこの土地の中で循環している」ことを実感した一言でした。

 

 

http://www.brodowin.de/
見学ツアーは7~8月中旬開催。大人3ユーロ。16歳以下の子ども無料。
30ユーロ~で見学も可能。要問い合わせ。

Column by 河内秀子/Hideko Kawachi

ベルリン在住のライター&コーディネーター
2000年から渡独。ベルリン美術大学在学中からライター活動を始める
好きなものはテレビ塔と蚤の市、活字
www.berlinbau.net