-016.機嫌が良い!雪の日のご近所さん

 

朝目覚めると、ボレが開ききった窓の向こうに雪がシンシンと降っているのが見える。ワクワクして窓から外をのぞくと、そこは期待通りの真っ白い世界。家々がここぞとばかりに雪化粧をし、冬の趣きをたたえている。雪が降った日は、シーンと辺りが静まり返り、それでいて人の笑い声がよく響いて聞こえてくる。まるで池に石を投げた音を聞く楽しみに似ていて、心地の良い記憶があるものだ。

 

いつも朝は、パソコンに向ってからコドモを散歩に連れ出すまでに時間がかかるのだけど、今日だけは別。さっさと着替えて重装備で出発。1歳4カ月のコドモにとって、今日は人生初の雪でもある。ヨチヨチ歩きでは転ぶのが目に見えているので、無理矢理ベビーカーをコロコロと転がしていくことにする。

 

土曜日の雪の日の朝。行き交う近所のひと達がどことなく穏やかな雰囲気をたたえている。普段と違う休日をくれる雪を心から喜んでいて、明らかにとってもいい人になっている。いつもは見慣れない、雪化粧の美しい町並では、ポストも噴水も、椰子の木も。全てが降りたての白い妖精に覆われていて、見ているだけで心がウキウキしてくる。凛と澄みわたったきれいな空気、眩しいくらいの雪びかり。寒いのに何だか温かく感じる雪という魔法。そんな楽しみを暗黙のうちに共有しているので、住人たちは一種の連帯感に包まれているかのようである。

 

通りすがりに「元気ですか?」と近所のお花屋さんがにっこりほほえむ。「ええどうも。あなたは?」と挨拶をしていると、その後ろで普段無愛想な旦那さんが奇跡的とも言える笑顔を見せる。いつもは何が何でも挨拶をしない、という態度なのだけど、今朝はすっかりいい人だ。

 

道を歩いていると、終焉に近づいたsoldeで街は結構な人の出。目抜き通りには、いつものホームレスのおじいさんが、今日もプラスティック容器を片手にお金を乞うている。普段は目もくれず足早に通り過ぎる人ばかりなのだが、今日はお金を入れていく人の姿がちらつく。なんだかみんな、心に余裕が出ているかのよう。

 

しばらく広場でコドモが歩いているのを見ていると、エナメル加工のハイカットのシューズの中で、タイツにじわっと水がシミていくのが見える。やっぱり甘かったか、と、いつもの子ども服の店に立ち寄って、初の長靴を購入。コドモのお昼ごはん前の散歩なので、焦る気持ちで無人のレジで待っていると、さっきまで「もうつらいわ、朝は雪がひどかったし、1日中一人だし」と気が滅入った様子で電話越しの友人に愚痴っていた店のお姉さんがやっと現れる。きっとお昼を食べに裏に行っていたのかな、それとももうすぐ店が昼休憩になるのかな?と思いをめぐらし、「すみませんね。もう店は閉めるんすか?」と言うと、「今日は1日中やっているのだけど、1人だから大変なの」とお姉さん。「大変ですね。ご飯も食べれないし」と返すと、「裏でちょこちょこ食べれるのよ」とにっこり。ちょっと状況を人に説明してみて気が晴れたようで、靴を既に脱がせていたコドモの足に気付くと、「これ、いま履くのよね。」と頼まずともきちんとタグを外してくれたりする。これは、日本ではごく当たり前の光景だけれど、フランス人にとっては当たり前ではない。彼らは時と場合によってとっても意地が悪かったりして、客だろうが何だろうがとんでもない対応をする人は少なくない。私はこのお姉さんのいい人っぷりに、またまた感動したのであった。

 

コドモに長靴を履かせて、広場でヨチヨチ歩き回っているところを写真で撮っていると、車から降りて来た家族連れのお父さんが、「写真一緒にとってあげようか?」と嬉しい提案をしてくれる。いつもは用が済むと無駄話をしないで「bonne journée!(良い1日を!)」と別れる人が多いけど、写真を撮ってくれた後、「子どもはフランス語と日本語で育ててるの?」とか、「あなた達はバカンスで旅行中?」とか、機嫌よく話しかけてくる。何でも、彼らにとって今日は特別な日のようで、友人の結婚式のためにこの街まで遠出してきたらしい。それがこんなにきれいな雪景色ときたら、尚一層気分も弾んでいるに違いない。

 

こうして、朝から嬉しい予感に目覚めると、出会う人たち全てと気持ちよく過ごすことができる、不思議な1日が待っていた。まるで、遠い異国のフランスまで旅しに来ていた頃のように、ちょっとした人との出会いも新鮮に感じ、心のテンションがずっと「楽しい」まま保たれているのだった。フランスに住むようになって、いいことばかりではない、文化の違いで嫌なことだってそれはもうたくさんあり、そんな新鮮な感覚は薄れてしまっていた。だから、この感覚が蘇ってきたことはとても嬉しいことだった。

雪はたいていの人にとって特別なもので、ワクワクする出来事に違いない(大雪で被害にあわない限りであるが)。だから、ご近所さん達が気持ちの良い人ばかりだった理由も分かる。それに、何よりも自分が常に笑顔だからこそ、出会う人たちも自然に笑顔になっていたのかも知れないなと思うのだった。(それだけ普段、自分も浮かない顔をしているのかも知れない。)どんなにムッとしている人でも、コドモが無邪気に笑いかけると途端に目尻をさげて笑うように、笑顔の人の前で人は悪い気がしない。

 

こんなに雪が美しい朝ならともかく、毎日笑顔でいることは大変だけれど、自分の中に何か特別な楽しい出来事をひとつつくっておくと、その日1日がいい日になるかも知れない。そして、周りの人たちも自然と自分にとって「いい人」になる。こんなことの積み重ねで、人生が素晴らしく変わっていったりするのかも知れない。そんなことを美しい初雪と機嫌の良いご近所たちさんは教えてくれるのだった。
 

column by 下野真緒/Shimono Mao
女性ファッション誌で編集に携わった後、フリーランスエディターに
2009年南仏&パリへ留学し、現在は南フランスのピレネー・バスク近郊に住む
一児の母でもあり、フランスでの子育てに邁進中
また、GLAMファッショニスタとして「南フランスにのいい予感。」にてフランスのライフスタイルを紹介中
ほか、美容サイトでフランスのコスメ紹介をするなど、フランスを拠点にマルチな情報発信を試みています