-004.古代ローマ都市の名残:パリ5区

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私が散歩好きになった原点は、パリの5区。

この場所から本格的なパリ生活がスタートし7年間暮らした、私にとって思い出深いエリアです。

大学や研究所がたくさん集まるカルチエ・ラタン(*)は、長い歴史を持つ学生街。

各国からやってくる学生達でいつも活気に溢れ、何となく異国情緒な雰囲気もとても心地良い。

そして今も活き続ける"Vieux Paris"(古きパリ)を肌で感じたくて、世界中の観光客がここを訪れます。

 

今回は、パリ最古のモニュメント、リュテス円形闘技場跡(Arènes de Lutèce)へプロムナードです。

その起源は、まだパリが"ルテティア(ラテン語)"と呼ばれていたガリア・ローマ時代に遡り、紀元一世紀末頃に建てられたと言われています。5区の中にひっそりと潜むこの広場は、平日は学生達の休息の場に、週末はサッカーをする子供達やペタンクに興じるおじさん達で賑わい、私もよく石積の観客席からグランドを眺めたものです。闘技場跡のすぐ裏手へ行くと、19世紀末に作られた小さな庭園キャピタン・スクエア(Square Capitan)があり、児童用の公園も隣接されています。まだ長女がヨタヨタと歩いていた頃は随分遊具が大きく見えたけれど、今ではすっかり背が伸びて、逆に少し物足りない様子。公園のベンチからは、優美な左右対称のイタリア式階段とニンフ像が佇む噴水が美しく眺められます。

"Le passé amène l'avenir. "(過去は未来へ導く)
これは、19世紀末リュテス闘技場跡が解体の危機にさらされていた時、その反対メンバーだったヴィクトル・ユーゴーが、パリ市議会長宛に書いた抗議文の中の言葉です。

古きパリの姿は、昔から市民のこの心が映し出され、大切に守られ続けているのだとしみじみ思うのでした。

*カルチエ・ラタン(Quartier Latin): セーヌ左岸の第5及び6区北東あたりの文教区域。しばしば5区を指すことが多い。
語源はカルチエ=地区、ラタン=ラテン語「ラテン語を話す学生が集まる地区」から。(Wikipedia参照)

Infos:リュテス円形闘技場跡 ( Arènes de Lutèce)
49, rue Monge & rue de Navarre
75005 Paris
place Monge駅(7番), Jussieu駅(7番,10番) / Cardinal-Lemoine駅(10番)

キャピタン・スクエア(Square Capitan)
Rue des Arènes 75005
place Monge駅(7番) / Jussieu駅(7番,10番)

注)リュテス円形闘技場跡とキャピタン・スクエアは敷地内でアクセス可能。

column by Michiko P.
日本、フランスで長年貿易の仕事に携わり
現在は新しいフィールドを模索しながら充電中
暇があれば、銀塩・デジタルカメラを持ってパリを遊歩する
仏人オットと娘2人の4人暮らし