-020ル・コルビジェが愛した海(その2)

南仏・カップマルタンを訪れた2日目。今回は、ル・コルビジェ設計のキャバノンについて描きます。

 

キャバノンは妻イヴォンヌの誕生日プレゼントとしてつくられた小さな休暇小屋。日本を代表する建築家らが様々な建築雑誌のなかで「世界で最も素晴らしい建築としてあげる。3.66四方(約8畳)と小さいながらも非常に評価の高い建築。しかし、やはり実際にその空間に立ってみないとその素晴らしさは実感できません。カップマルタンの2日目の朝、僕は念願のキャバノンを訪れました。

キャバノン敷地から見える海とモナコの街
キャバノン敷地から見える海とモナコの街

キャバノンの敷地から見える海は、素朴な小さな田舎の海岸といった佇まいで、モナコの街を遠くに眺めながら、逆光でキラキラと煌めく小さな海岸がのんびりとした空気を醸し出しています。(妻イヴォンヌの故郷がモナコなので、ル・コルビジェらにとっては更にプライベート感が強かったと思われます。)遠く大海原には大きな客船やヨットがゆっくりと移動しており、小さな海岸の急斜面に立つ小屋の周りには、地中海らしくオレンジの樹が風に揺られている。

キャバノン眼下の素朴な海岸
キャバノン眼下の素朴な海岸
レストラン「Etoile de Mer のテラスの景色。
レストラン「Etoile de Mer のテラスの景色。

キャバノンのすぐ横には(今は閉店してますが)レストラン「Etoile de Mer」

(日本語訳:ヒトデ軒)がありル・コルビジェとイヴォンヌは自分たちの「食卓」のようにここを使っていたそうです。そして海側にはアイリーン・グレイのコンクリート打ちっぱなしの大きな別荘があり、彼らは自分達の「リビング」のように、この友人の別荘を使っていたとのこと。そして、最高の「庭」としての眼下の海岸。泳ぐのが大好きだったル・コルビジェは、晩年になっても毎日のようにこの海で海水浴を楽しんだそうだ。(最期に亡くなったのもこの海岸でした。)

 

ル・コルビジェは、たった45分でキャバノンの設計図を描いた、と言われている。

近くにあるアイリーン・グレイの別荘(屋上部)
近くにあるアイリーン・グレイの別荘(屋上部)
アイリーン・グレイの別荘(下)、海の家(左上)、「Etoile de Mer」(右上) ※キャバノンは「Etoile de Mer 」の更に右側(樹に隠れて見えない部分)
アイリーン・グレイの別荘(下)、海の家(左上)、「Etoile de Mer」(右上) ※キャバノンは「Etoile de Mer 」の更に右側(樹に隠れて見えない部分)

キャバノンは、ル・コルビジェが提唱していた、人体の寸法と黄金比を基準にした空間の基準寸法である「モデュロールで設計されています。室内に入ると、美しい海岸を眺める洞窟のように劇的な眺めがあり、かつ心地よく暮らすための内部機能が絶妙のバランスで配されていて、野性的な美しさと知的な豊かさを備えた内部空間になっているのを実感します。個人的にはジャン・プルーヴェが詳細設計を手がけた「窓」の構造が非常に面白いと思いました。外光を取り込むガラスの扉の内側に鏡面扉があり、鏡面の角度を変えることで外光の強さを調整できる仕掛けになっており、無骨な外見に反して、とても先進的な片鱗が感じられるディテールでした。

「海の家」の壁面に描かれた「モデュロール」のシンボル
「海の家」の壁面に描かれた「モデュロール」のシンボル
キャバノン全景、雨漏りがするとのことでカバーがかかっていました。
キャバノン全景、雨漏りがするとのことでカバーがかかっていました。

現在は、キャバノンは自由に見学することが禁止されており、火曜と金曜の午前と午後の2回、開催される観光ガイドツアーに申し込んで見学するしかありません。私は火曜日の朝のツアーに参加しましたが、ほぼ無人だったカップマルタン駅にどこから集まってきたか?と思うほど多く(20名程度ですが)の人が参加。ほとんどが家族づれでした。その中にマントン(隣の街)に別荘をお持ちの日本人のご婦人が参加されており、大変ラッキーなことにフランス語で説明されるガイドの説明は、全てこの親切な婦人が僕に通訳をしてくれました。そのご婦人は、20年ほど前に日本を離れ、オランダでデザイン関係の仕事をしたのち、現在、パリとマントンを往復しながら悠々自適な暮らしをされているとのことでした。

キャバノンの玄関、左はコルビジェが描いた壁画
キャバノンの玄関、左はコルビジェが描いた壁画

 

キャバノン見学のツアーチケット

 

以下、ツアーの内容を簡単に付記しておきます。

約90分間で「キャバノン」「Etoile de Mer」「海の家」を巡り、さまざまな歴史や設計について、当時の臨場感たっぷりに紹介してくれるので、かなりお薦めです。アイリーン・グレイの別荘も、将来の見学にむけて回収中とのことでした。

 

【カップマルタンの観光案内ページ】

http://www.roquebrune-cap-martin.com/monuments

 

【カップマルタン・ガイドブックより抜粋】

LE CABANON LE CORBUSIER 

Visite payante selon planning sur inscription obligatoire à l’office de tourisme au +33(0)4 93 35 62 87 ou otroquebrunecm@live.fr 

Minimum 4personnes.Visitesannulées en cas de conditions météorologiques défavorables ou travaux.
TARIFS : 

 

Adulte : 10 €
Enfants et étudiants : 6 €.
Gratuit pour les moins de 6 ans accompagnant un adulte. 

 

キャバノンの内部
キャバノンの内部
ジャン・プルーヴェが詳細設計した2重構造の窓。 内側の鏡面扉で調整しながら外光を取り込めます。
ジャン・プルーヴェが詳細設計した2重構造の窓。 内側の鏡面扉で調整しながら外光を取り込めます。

キャバノン見学のツアーチケット
キャバノン見学のツアーチケット
ツアー説明資料より(キャバノン建設の歴史)
ツアー説明資料より(キャバノン建設の歴史)

【キャバノン建設に関する歴史(ツアー資料より)】

1927年  カップマルタンにアイリーン・グレイの別荘が完成。(後のキャバノン建設地のすぐ近く)

1930年代 ル・コルビジェがイヴォンヌとともに毎年のようにアイリーン・グレイの別荘を訪れるようになる。(43歳頃~)

1938年  ル・コルビジェがアイリーン・グレイの別荘の壁面にフレスコ画を描く。

1948年  アイリーン・グレイの別荘の近くに「Etoile de Mer(レストラン)がオープン。オーナー、トマ・ルビュタトと知り合いになる。(ル・コルビジェは60歳前後)

1951年  トマ・ルビュタトにキャバノン構想の手書き図面を渡し、交渉の末、プロジェクトがスタート。

1952年  イヴォンヌの誕生日プレゼントとしてキャバノンが竣工※

1954年  キャバノン敷地の返礼として「Etoile de Mer」隣接地の拡張計画「海の家プラン」の設計図を完成

1957年  「海の家(予算不足で5部屋だけになった)」が完成(70歳頃)

 

 

※キャバノンは「Etoile de Mer」のオーナー、トマ・ルビュタトの土地に建てられてが、これはル・コルビジェが『「海の家プラン(Etoile de Mer拡張計画)」を設計する代わりにキャバノンの土地を貸してほしい』という交渉をしたから、とのこと。キャバノンの施工予算も施工会社に一部工面してもらったらしく、建築誌などには表れない敏腕ビジネスマンとしてのル・コルビジェの一面が興味深い。

 

column by 梶谷拓生/Takusei
 KAJITANI
エクスペリエンスデザインを仕事にしてます

技術やデザインやヒトを融合して新しい体験やサービスを創りだす仕事です

サッカーをこよなく愛し、今も地元チームのミッドフィールダーとして活動中

サッカー好きな長男、音楽好きの長女を持つパパでもあります