Family Portrait

フランスの女は産んでいて、フランスの男は育てている。
というのが、フランスを出生率トップに押し上げたひとつの要因だろう。
一見マッチョ? 新生児から母子別々の部屋で寝る、など、
もしかして子供に優しくない国民性なのでは?
と勘違いしがちだが、フランスで妊娠、出産&子育てをしてみればわかります。
街全体が子供を育てているような、普通の親切さと厳しさのバランスの良さを。

 

そんな環境でふたりの子供達と妊娠中の楽しい暮らしってどんなんだろう?

中村江里子さんのインタビューです。

-002.Eriko NAKAMURA & Charles-Edouard BARTHES

photo©manabu MATSUNAGA

 

 

相手の目をじっと見てきちんと話す。相手の目を見てはじけて笑う。そして、感謝の言葉がさらりと感じよく出てくる。

エレガントだけれど中身にちらっと男前な部分も持っている。というのが江里子さんの印象です。

まずは、ご自身がどんな環境で育ったのか、お聞きしました。

 

戦前のサザエさんのような家

 

戦前からある古い家で曾祖母、祖母、両親と3人兄弟という家族構成でした。それこそサザエさんのように縁側があって、

床下があって、そういえばお庭には防空壕もありました。居間にいつも家族みんなが集まっていて、宿題をする私たち、

新聞を読む父、テレビを見ている祖母、みんな違うことをしているんだけど、好きな時に話に参加するような賑やかさがありました。

私はパリに来るまで一人暮らしをしたことがなかったのですが、それは家が心地よかったからです。

そして、一人暮らしする理由もなかった。もちろん喧嘩もあったし、家の手伝いもあるし、それでも家族の住む家が好きでした。

結婚への憧れや夢というのは、あまり強く持っていませんでした。結婚イコール生活です。

それは毎日、「愛している」と囁き合うだけではなく、ゴミ出しや掃 除など日々の雑用も二人でしなければならない。

たとえ愛する人とはいえ、そんな風に他の人と生活することを自然と受け入れられるようになるのは、

自分が人としてもっと成長をした40歳くらいから……と思っていたのです。ちょっと難しく考えすぎていたのかもしれませんが。

シャルル・エドワードが日本に住んでいる時からお付き合いが始まり、私の退社と彼のフランス帰国の時期が偶然にも重なったんです。

「それならパリに来れば?」ということになり共同生活を始めたんです。なので、最初は結婚を目的にした共同生活ではありませんでした。

ただ、お互いに長く一緒にいるだろうなとは感じていましたが。

そしてある日、彼から「僕と家族を作ってほしい」というプロポーズがあって、しぶしぶ(笑)重い腰を上げたんです。

今こうして3人目の赤ちゃんもお腹にいます。出生率トップのフランスでも3人目となると、子沢山なイメージのようです。

日本の家族とは今でもとても仲がいい。日本に帰るとみんな集まり、子供もいっぱいいて、それは賑やかです。

 

大家族の中で学んだ人としての基盤

 

子供達のためにも日本に帰ることを大切にしています。核家族化が進む中、現在でも私の実家は祖母と母が一緒に暮らしていて、

帰国の度に妹家族と弟家族も集まります。そんな中で、私達兄弟が祖母に対してやっていることを、我が家の子供達も姪や甥たちもみんな真似をするんです。例えば、スリッパを履かせてあげたり、立ち上がる時に手を貸してあげたり。

「おばあちゃまが歩くところにはオモチャなどを置かないでね」と言うと「踏むと転んじゃうから?」とピンとくるようにもなりました。

大家族だと、様々な年齢の人間と生活をするわけですから、弱い人間を元気な人間が助けるという構図が自然にでき上がっている。

人をいたわるのはあたり前のことだけれど、そんなシチュエーションがないと、やっぱり身に付かないと思います。

子供達はまだ小さいですから、本当に祖母が転びそうになったら支えられないかもしれない。

でも、”さっと手を出す”という優しい心はもう根付き始めているでしょう。

そして、「ありがとう」「ごめんなさい」がきちんと言えること。

自分より弱い人やお年寄りには労りの気持ちを持つこと。

私が子育てをしていく上で、このふたつはとても重要ことなんです。

 

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色々な意味で3年というこだわり

 

結婚して2.3年は二人で過ごそうと決めて結婚しました。そして、長女なつえが生まれたのが丁度結婚3年目です。

出産後は赤ちゃんとじっくり時間をかけて過ごしたいと思い、仕事をセーブしました。

「子供は5人欲しい」とシャルル・エドワードは結婚した時から言っていましたが、それは簡単なことではありません。

私は器用な性格ではないので、娘が生まれた後、子育てをしながら「もし、2人目を望むなら3年は期間をあけよう」と、

自分の中で決めていました。一人一人とじっくりと付き合いたい!!

 そうでないと、自分の中で「どうしよう…」というストレスが生じてしまうことが分かっていたので、

穏やかに過ごすためにも3年という期間が私には必要でした。

2人目が生まれる時には、なつえはすでに幼稚園に通っていて、家の外に自分の世界が出来ていました。

だから彼女が幼稚園に行っている間、私はフェルディノンとの時間を楽しみ、彼女が家に戻って来たら、みんなで楽しむ。

1対1の時間、みんなの時間。どれもが充実していました。これから生まれるべべも、フェルディノンとは3歳半、離れています。

 

 

夫婦で子供達のことについてとことん話しをする

 

国籍も育った環境も違う人間同士です。フランスの人ってこうなのかしら?と思うことも多々ありますが、譲れない部分ではとことん話し合います。例えば当初、彼は私が家事などをしている間、子供達が私の横のキッチンのテーブルでお絵描きをしたり、オモチャで遊ぶ事を嫌がっていました。でも、サザエさんのような家で育った私は、家族の集う居間の大きなテーブルで宿題をしたりお絵描きをしたり、それがとても楽しかった。キッチンは料理をするところだけれど、子供達との、家族にとっての大事な場所でもあります。だから、時間をかけて彼に「子供は子供部屋で遊べばいいのではなく、同じ空間で共に過ごすことの楽しさや大切さ」を伝えました。今では彼も、キッチンに置きっぱなしになっているオモチャたちを笑って見ています!! 子供達の叱り方も私たち夫婦はかなり違います。私は叱る時に”なぜいけないか”を話して聞かせるタイプです。彼は(シャルル?)はガツーンと行くタイプです。最近二人で決めたことは”子供にやってほしくないことは大人もしない”。長女が6歳半、長男が3歳半です。もう少し大きくなれば”大人だから良い、子供だからいけません”ということが理解できるけれど、今はまだ無理です。そして、もうひとつ。子供と目と目を合わせて向き合うことをする。忙しければ週末の30分だけでも良いと思うんです。本気で遊べば、子供の心にきちんと残るはずですから。

 

 

中村江里子/Nakamura Eriko

1969年東京都生まれ。

立教大学経済学部卒業後、フジテレビのアナウンサーを経て、フリー・アナウンサーとなる。
2001年にフランス人のシャルル・エドワード・バルト氏と結婚し、生活の拠点をパリに移す。

妻であり、2児の母でもあり、3人目の赤ちゃんも誕生!
現在は、パリと東京を往復しながら、テレビや雑誌、執筆、講演会等などの仕事を続ける。
著書に「エリコロワイヤルParis Guide」(講談社) 、「エリコ・パリ・スタイル」(マガジンハウス)、「ERIKO的 パリでカフェ散歩」(朝日新聞出版)、「中村江里子の毎日のパリ」(KKベストセラーズ)、共著に「エレガンスの条件」 (ソニー・マガジン) 、「中村江里子のわたし色のパリ」(KKベストセラーズ)近著に「ERIKO STYLE暮らしのパリ・コラージュ」(朝日新聞出版)がある。

http://www.eriko-nakamura.com/

photo by Matsunaga Manabu
Text by chocolatmag